現行の動物愛護法について

法律を長々と書いてもあれなので、簡略します。というか、専門家ではないので法律を見ても難しくてよく分かりません。

動物の愛護及び管理に関する法律が正式名称で、その目的は動物の虐待防止、動物の適正な取り扱いその他動物の愛護、動物の管理に関する事項を定めて動物による人の生命、身体及び財産に対する損害を防止することです。


何人も動物をみだりに殺し、傷つけ、または苦しめることのないようにするのみでなく、二とと動物の共生を配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない(第二条より)


そんな感じで始まる愛護法ですが、実際に虐待した時の罰則がちゃんとそこに走るしてあります。

最近、動物虐待やら児童虐待やらを聞く機会が多いです。動物虐待は罪です。第四十四条にこうあります


愛護動物をみだりに殺し、または傷つけた者は一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。


2002年に起きたこげんたちゃん虐待事件はたくさんの人の心に響いたのではないでしょうか。この事件でこの動物愛護法が適用され、犯人は懲役6か月執行猶予3年の判決を言い渡されました。

詳しくはこちらをご覧ください。こげんたちゃんの情報が詳しく載っています。

日本の虐待の実情

表立ってはいませんが、かなりたくさん動物虐待されているのが現状です。誰にも気付かれず、幸せになるために生まれてきた命が悪意ある人間の手で傷つけられ、殺されています。

また、動物虐待から凶悪事件に至ったものもあります。小動物→犬猫→人間へと対象が大きくなった結末です。人間と動物、どう違うのでしょうか。命の重さに差があっていいのでしょうか。動物愛護法が適用されるケース、器物損壊罪が適用されるケース、二つに分かれます。法律上では、動物は「物」なのです。けれど、命は軽んじるものではありません。

「目立ちたかったから」「ストレス発散に」「周りから煽られて楽しかったから」そんなことで奪っていい命などありません。それが自分の子供ならどうしますか?飼い主にとっては子供同然だったかもしれません。野良の子たちだって、好きで野良になったわけではありません。生きるために生まれてきた。だたそれだけなのです。

自分一人では何もできない、と思うかもしれません。けれど、一人が立ち上がりそれにたくさんの人が賛同してくれたら、それは大きなうねりになります。力になります。踏み出す事を躊躇しないでください。その勇気が力に変わるのです。

保健所に入れられた犬たち

保健所に連れてこられた犬たちは、その日付ごとに檻に入れられます。そして、一日一日と檻を移動していきます。それは、死のカウントダウンでもあるのです。彼らの声は私たちには聞こえません。悲痛な叫びは聞こえません。最後に許された一日を犬たちはどう過ごすのでしょう。もう諦めているのでしょうか。

保健所での「処分」の仕方は、決して安楽死とは言えない「窒息死」です。最後まで苦しんで苦しんで死んでいきます。そうさせたのは人間です。その作業をするのも人間です。毎日その作業をする人の精神的苦痛は測り知れません。犬たちの苦痛も理解を超えます。

大切な命は最後まで責任持って幸せにしてあげてください。それが彼らの一番幸せな事なのです。

その他虐待についてはこちらのサイトさんへどうぞ

安楽死について

最初に言います。私は安楽死を否定しません。苦しいのはそれを行う獣医さんも飼い主も一緒です。病気でこれ以上苦しめたくないという飼い主さんの気持ちも尊重したいです。

長い間一緒に暮らしていたペット、その最期を看取ってあげるのが飼い主の最期の責任です。それが安楽死であれ、老衰であれ変わりません。安らかに眠って欲しいと願うのは悪いことなのでしょうか?戦って戦って、もう生きる体力がなくなった飼い犬を見るのは辛い事です。

人間の勝手だと思われるかもしれません。しかし、悩んだ結果の結論が安楽死だったら文句は言えるのでしょうか。そもそも、その人たちの苦しみが分からない外野が文句を言っていいものなのでしょうか。薬を打たれて飼い主の腕の中で眠るように命の炎を消すのは、悪いことなのでしょうか。

ペットは言葉を話せません。こっちの言葉を理解できていても、ペットはその瞳と行動のみで意思を伝えることができません。生きたいという強い瞳の輝きがあれば、私は回復を願って治療するでしょう。しかし、もうその瞳に輝きがなかったら。痛いよ、辛いよ、瞳がそう訴えるならば、私は安楽死を求めると思います。頑張ったね、ありがとう、そう伝えることしかできないと思います。

ダメ、絶対!

無意識の虐待というものがあります。

飼い主がその犬に対する知識が乏しいばっかりに起きるのがそれです。私はそれをしないためにこれを書いています。どんな環境がいいのか、どんな事をしてはいけないのか。サイトを作っているうちにたくさんの事を学べました。

しかし、それをしない飼い主さんがいます。これだけ情報が豊かにある現状でも、調べると言う事をしないだけで虐待行為になりかねません。

どんな理由であろうと、虐待は許されません。捨てるのなんてもってのほかです。

ダメ、絶対!

最後に

これから「ちわ」を受け入れる、これから「ちわ」と楽しい日々を送ろうとする私が言っていい言葉ではないかもしれません。しかし、いつかはそれを迎えなければなりません。

「ちわ」は私より早く死にゆく命です。それは分かり切っています。いつそれを迎えるか、これからの未来は分かりません。しかし、覚悟をしておく必要があると思います。動物を迎える時には同時にその覚悟を背負うと言う事だと思っています。

楽しい日々の中でもそれを忘れてはいけない。天寿をまっとうしてくれればそれは悲しいけれど喜ばしいことです。